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奄美の島々の楽しみ方
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「つながりたい」
田舎暮らし 人生創造 浅野誠
http://makoto.ti-da.net/

というブログに採り上げていただいているのを発見。

奄美とつながりたい(2007年04月11日)
http://makoto.ti-da.net/e1480116.html
 奄美は鹿児島と沖縄との深いつながり(ときには悲しいつながり)のある島々であり、文化的にも独特のものを島々ごとに伝え育てている。この本ではそれほどでてこないが、「島起こし」をいかにしていくか、という課題にも直面しているはずである。「島チャビ」という言葉がかって沖縄でもよく使われたが、奄美がより以上あてはまるように思う。
「島チャビ」という言葉には初めて触れたが、検索してみると「チャビ」とは「痛み」のことで「離島苦」などと説明されていたりもするようだ(Googleで検索「島チャビ」「シマチャビ」)。

ブログ主は、3月下旬に刊行されたばかりの『沖縄田舎暮らし』(アクアコーラル企画)の著者さん。沖縄大学・琉球大学でも教鞭を執る、教育学関係の研究者の方のようだ。
Webサイトは「浅野人間研究所のホームページ」
http://www.mco.ne.jp/~makoto/

本書は『奄美の島々の楽しみ方』というタイトルではあるのだが、編集していて、島にあるのは当然ながら楽しみ歓び「だけではない」ということについても常に意識させられていた。また、現代では「痛み」「苦しみ」とともに「もどかしさ」としても感じられているようにも思う。2月に初めて島を訪れた時、あちらを立てればこちらが立たないもどかしさが、濃密に島の人々を覆っているように感じもした。
また、そのもどかしさは、「奄美は鹿児島(あるいは内地)ではない、沖縄でもない」といったアイデンティティの悩ましさとしても強く感じる。あるいは「奄美大島だけが奄美ではない」という意識も、これと同根のものか。

いま、奄美群島は、誰かと、何かと「つながりたい」と熱望していると感じる。沖縄をはじめとする琉球弧の島々への親近感と違和感のせめぎ合い。そう感じることを潔く思わないような、情けなく思うような板挟みの感情もありそうだ。

今の奄美に、「つながりたい」と伸ばされた手をとる気運は、すでにあるだろうか。
| 紹介文 | 14:02 | comments(5) | trackbacks(0) |
コメント
 私のブログの小記事を早速とりあげてくださってありがとうございます。
 奄美は以前から関心をもっていました。2回行ったのですが、私にとってはほんのちょっぴりの出会いでしたので、機会がありましたら、ゆっくりじっくりと滞在したいと思います。そして奄美を語り合いたいと思います。
 その際にはよろしくお願いします。
 機会がありましたら、私の『沖縄田舎暮らし』もご検討ください。沖縄に限らず、移住、多様な文化との出会い・発見・創造といったことを人生創造とからませて論じました。
 今後もよろしく。
 
| 浅野誠 | 2007/04/12 9:31 PM |
kamezoさん、喜山といいます。

つながりたいと思うには、それぞれの島が、
自分の島自身を語る言葉を持つことが、
必要だと思います。

それなくして、誰が何につながりたいのか、
分からないからです。

でも、いま、奄美は、ようやく、
島を語り、そして、奄美につながりたい
思いを持ち始めていると感じます。

大きなうねりになっていないにしても。

出してくださった奄美の本も、
そのうねりのどこかにあるのではないでしょうか。
| 喜山 | 2007/04/12 10:50 PM |
> 浅野さん
ブログでもいろいろ興味深い記事を拝見し、『沖縄 田舎暮らし』も昨日注文しました。

> 喜山さん
> 誰が何につながりたいのか
まずは奄美の人たちが、自分の足許とつながることかもしれませんね。そしていま、それが始まっているように感じています。

| sarah | 2007/04/13 9:53 AM |
浅野さん、喜山さん、さっそくのコメントありがとうございます。

「つながること」は、重要なキーワードですね。奄美をはじめとするシマだけでなく、多分、多くの現代人にとって。なにかをしようとする人にとっては特に。そう思うと、シマで生きるということは、なににつけ自覚的であることを求められるのだなあなど改めて気づかされます。

喜山さんの「自分の島自身を語る言葉が必要」というご指摘にも、深くうなづいてしまいました(ぼくの場合、必ずしもシマのこととしてではないのですが)。

先日、奄美大島出身で沖縄を拠点に活動されている方とお目にかかりました。この方の場合、意識的に琉球弧を核に語るようにしておいででした。「外国の地図には『沖縄諸島』とか『奄美群島』なんて書いてないんだよ、みんなひっくるめてryukyuになってる、だからryukyuのokinawaとかryukyuのamamiooshimaなんてぐあいに認識されてる、それでいいと思うんだよね」なんて教えていただきました。

sarahさん、お疲れ様。
そうですね。シマのみんなの声を聞いてみたいですね。


ところで喜山さんの「与論島クオリア」、ときどき立ち寄らせていただいていますが、いろいろ刺激をいただいています。未見の方、おすすめですよー。最近の地名考なんか、わたしは青森出身で地名へのアイヌ語の影響を考えることも多かったのだこういうの大好きです。
| kamezo | 2007/04/13 10:15 AM |
kamezoさん、喜山です。

つたないブログの紹介、ありがとうございます。

 ryukyuのokinawaとかryukyuのamamiooshimaなんて
 ぐあいに認識されてる、それでいいと思うんだよね

これ、ぼくもしっくりきます。
| 喜山 | 2007/04/14 10:37 PM |
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