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薩摩藩の事情

父の本棚に『島津奔る(はしる)上下巻』(池宮彰一郎 新潮社)という本があった。パラパラとめくってみると、どうも関ヶ原前後の話らしい。

関ヶ原の戦いが1600年。
薩摩藩の奄美・琉球侵攻が1609年。

かなり大まかにまとめてしまうと、薩摩藩の侵攻は豊臣時代の治水工事への資金提供などによって藩財政が厳しくなったことが大きな要因と聞いていた。


歴史小説だから脚色もあるだろうけど、なぜ薩摩が奄美・琉球を支配するに至ったのか、その背景が少し分かるかもしれないと思って読んでみた。

主人公・島津義弘は、豊臣秀吉による天下統一、秀吉死後に日本がどうなっていくかという「天下の秘事」を見抜いていた、と描かれている。この「天下の秘事」を読んでいたのは、島津義弘のほかに徳川家康と石田三成。関ヶ原の両雄である。

「琉球一国を賜りとうござる」


上下巻に分かれたこの小説の終わり近く、関ヶ原で敗れながらも家康からの和睦交渉に対し、義弘はこう言う。
「これは、天下の秘事と同様、これなくば……薩摩の明日は開けませぬ」


読みながら、10数年前、徳之島である人が「ここにいると、日本がよく見える」と言っていたのを思い出した。

島津義弘も九州のはずれという辺境の地から冷静に日本という国を見据えていたのだろう。

だからといって義弘の息子・忠恒(家康から「金のかからないみやげ」として自分の名から一字をとって「家久」の名を送られた)の奄美・琉球侵攻を容認するわけではないけれど、薩摩の事情がよく分かる話として非常に興味深かった。

ところでこの本、関ヶ原の戦いの描写が司馬遼太の『関ヶ原』に酷似しているとかで絶版になっているらしく、Amazonでは文庫・ユーズドの取り扱いのみのようです。
| よもやま | 20:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
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