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名護博先生と
1週間ばかり沖縄・伊江島に行っていて、ある晩、名護博先生を紹介された。
名刺交換をした名護先生は、私の名刺の「あまんゆ」を見て「いい名前をつけましたね。あまんゆ という時代は、むかしやまとぅゆ とも言うんですよ」と語り出した。

奄美の神唄に
むかし 世のはじまりから むかしやまとぅゆという
という言葉があるという。

世のはじまりに 北風に乗って神々が舞い降りてくる
神々が着いた浜で人々は交歓し、4月に神送りをする

つまり、
2月の壬の日(みずのえ に特に意味はない 水にかけた)=オムケ
人々が神々と交歓する=実体のない神ではなく、実体のある神=人間
4月に神を送る=オホリ
を現している。

北から来た神々を、北へ帰すのではなく、南へ送り出す
徳之島まで伴走する と唄は続く。

5月に沖縄に着く 
沖縄では早舟を出して神を迎えた
2ヶ月間滞在し、7月に北へ送る

5月、7月は沖縄でハーリー(海神祭)が行われる時期。そのもとがここにある。

奄美の神唄は、徳之島まで伴走以後途切れるが、7月に沖縄を発つと
湯湾岳を右に見て 開聞岳まで送っていく となっている。

この神々は2月に北風に乗って南下し、7月に黒潮に乗って帰って行った。
そして「やまとから下りたる赤椀の世直し」と沖縄の神唄でうたわれている。

名護先生は、ここでうたわれている時期はいまから2200年前だと言う。
伊江島の遺跡から出土する北部九州の須久(すぐ)式土器、九州の山之口式土器が「赤椀」だと言うのである。

では、「赤椀の世直し」とはどういう意味か。もちろん、赤椀を持ってきた人たち(神々)が「世直し」を志したのである。

いまから2200年前は弥生時代中期。
弥生時代早期〜前期、稲作が始まると各地で水争いなどの闘いが起き始めた。その争いから逃れた人々が、北風に乗って奄美・沖縄へやってきた。
するとそこは女系社会で争いがなく、北から来た人にとってはユートピアのように映ったのだろう。そこでこのユートピアを自分たちが元いた場所にも作ろうというのが「世直し」、つまり社会変革運動、革命であったのだという。

gohoura
このユートピアのシンボルが、ゴホウラ。ゴホウラは女性の子宮を現しており、奈良などの遺跡からもたくさん出土している。

・・・・・・・・・

お話を聞いていて、「はぁ〜!」「へぇ〜!」の連続だった。
名護先生はとっても穏やかな方で、静かに、でも熱くまだまだたくさん語ってくださった。
興味のある方は名護先生のHP「邪馬台国総合説・赤椀の世直し」をご覧ください。



ところで伊江島で会った多くの人から「あまんゆ って、あの世のこと?」と聞かれた。あま=遠く、遠い場所 だから 遠くの世=あの世 なんだそうだ。これまた「へぇ〜!」であった。


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